*嚢中の錐*
(のうちゅうのきり)
1
趙の国の大臣の平原君は、大勢の食客を養っていました。
食客というのは、居候していざという時には主に恩を返す、家来のようなお客さんです。
2
ところでこの平原君の国は、強国の秦に今にも滅ぼされそうな危ない立場にいました。
そこで平原君は、秦に対抗できそうな、大国の楚に援軍を頼もうとかんがえました。
しかし当時は戦国時代。
どこの国も敵同士なので、簡単に援軍を出してもらえるかどうかわかりません。
3
平原君は、こんな時こそ日ごろ養っていた食客に力を借りようと思いました。
そこで中でも選りすぐりのエリート20人を、楚まで連れて行くことにしました。
19人を選びましたが、あと1人が決まりません。
4
その時毛遂が、自分から立候補しました。
でも平原君は、毛遂が今まで少しも目立つ所がなかったので、
「あなたに才能があったなら、嚢(ふくろ)から錐の切っ先が出るように、何か能力を示したはずだ。でも今のところそんな話は聞いたことがない」
と、けっこう露骨に断りました。
5
毛遂は、
「私が錐なら、切っ先が出るどころか、嚢から穂先が飛び出してしまうでしょう」
と言って、20人に加えてもらいました。
けれども残りの19人は、そんな毛遂のことを馬鹿にして笑っていました。
6
さて、いよいよ楚の王に同盟を頼もうと持ちかけましたが、いつまでたっても話し合いは終わりそうにありません。
国と国の同盟には、色んな利害が絡むので、なかなかうまくいかないものなのです。
7
その時毛遂が、走り出て階を駆け上がり、楚王に迫りました。
8
毛遂は剣の柄に手をかけ、楚王を牽制して言いました。
「楚の国も、先の戦いで秦に破れ、屈辱を受けているのに、復讐もしないで恥ずかしくないのか?
この同盟は、われわれ趙のためではなく、楚のためである」
そしてその場に誓いの血を持ってこさせ、強引に同盟を結ばせてしまいました。
9
平原君は、趙の国が体面を保ち、楚と同盟できたのは毛遂先生のおかげですと言って、それからは毛遂を大切にしました。
めでたしめでたし。