項羽は、虞美人(ぐびじん)という美しい女性を愛し、いつも側に置いていました。
しかし今の状況では、彼女を連れて逃げることは不可能でした。

力 山を抜き 
(自分の力は山を引き抜くほどもあり)
気 世を蓋う 
(気力は世を覆い尽くすほどもある)
時に利あらず 
(だが天の時が自分に味方せず)
騅 逝かず 
(愛馬のスイもこれ以上進もうとしない)
騅の逝かざる奈何すべき 
(騅が進まないのをどうすることができようか)
虞や虞や汝を奈何せん 
(虞よ虞よ、お前を一体どうすればよいのか)

項羽はこのように謳い、涙を流します。これを見た左右の臣たちもみな泣いて、項羽を仰ぎ見ることができませんでした。
項羽はこの後、敵の手に渡さないために虞美人の命を奪ったと考えられます。


項羽は兵を率いて垓下を脱出しました。
その首には多大な懸賞金が懸けられ、わずかな手勢を連れての敗走でした。
その途中、項羽に味方する船の亭長に出会います。亭長は項羽に、船に乗って江東に逃げ、再起を図るよう言いますが、項羽は「自分が江東から連れてきた兵士は一人も生きて帰ることができないのに、何の面目があって江東の父兄らに会えようか」と、申し出を断ります。
そして己の強さを証明するかのように、さらに追っ手との戦闘で大勢の敵を殺傷しました。

最後まで鬼神のごとき武力を見せ付けた項羽は、敵の中に古い知り合いを見つけると、声をかけます。
呂馬童(りょばどう)は項羽から顔を背け、味方に向かって彼が項羽だと教えました。